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ちろわんこの雑記帳

BS-TBS「吉田類の酒場放浪記」最速レビューブログ(・∀・)

録り貯めた番組を少しずつ見ている(・∀・)

 1TBのHDDがいつもパンパンになっているちろのDIGA。
 どうにもこうにもならなくなってきているので、見ることにした。

 どうでもいい話だが、同じパナソニックどうしなのに、ちろのビエラとDIGAはどうも相性
が悪い…
 ビエラのリモコンの方がDIGAより使いやすいが、ビエラで再生すると画面に邪魔な
アイコンが登場して画面に鎮座する… (´・ω・`)
 どうにかならないものか。

 さて、本題に戻るが今見ているのは、BS朝日の「歴史発見 城下町へ行こう!」。
 地上波は、テレ東、NHK総合、NHK教育しかまず見ないが、BSはいろいろ見ているのだる
 
 4月から始まったこの番組、今までチェックしていなかった。
 今回は、上田城下の特集だ。

 上田城といえば、誰もが知っている真田信繁(真田幸村と名乗ったことは一度もない)。
 大坂夏の陣で徳川家康をあと一歩のところまで追い詰めたのは有名な話だ。
 その父、真田昌幸が築城した城が上田城だ。

 実はこの城で、真田昌幸は徳川家康の大軍を2度にも渡って完膚無きまでにも叩き
のめしたのである(・∀・)
 しかも、全く同じ戦法で徳川の軍勢はやっつけられたのだw

 ちなみに、真田昌幸の父である真田幸隆は数々の調略で武田信玄の版図拡大に
貢献した謀将なのだ。

 ところで、番組のナビゲーターに笑ってしまった。
 なんとピエール瀧だ。
 真面目な仕事をしているところを見たことがなかったので、意外なキャストに驚いて
しまった。
 もしかしたら、城マニアなのかな?

 なかなかマニアックな番組だが、ひとつ楽しみが増えた。

☆追記☆
番組HPを見たら、金沢城下の回が既に終っていた… orz
生まれは札幌だが、金沢は幼少期を過ごした街なので、自分の中では金沢が「故郷」
である。
再放送やってくれないかなぁ…


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技あり!ニッポンの底力 2012.4.23

テレビ東京で放映されている「ワールドビジネスサテライト(WBS)」の月曜日の目玉コーナーである「技あり! ニッポンの底力」で放映された内容を紹介。
今回はどんな「技あり!」企業・技術・製品が登場するか…


 車椅子競技でロンドンパラリンピックを目指せ-
 競技用車椅子で国内シェア50パーセント-
 車椅子の常識を変えた「もなか」とは-

 なにやらよくわからないリード文だが、今日の「技あり」技術を紹介したい。

第316回 「もなか」で強度アップ

 時速30km以上で走る競技用車椅子。
 この車椅子でトレーニングを積む花岡伸和選手は、車椅子1500m競技の日本記録保
持者だ。

これを使って競技をすることによって自分自身の自信とかにもつながるし、自分の人生をより良くしてくれる乗り物だと思います
と花岡選手はこう話す。

 路面からの衝撃を受け止め、耐久性に優れた車体を開発したのは、日本の車椅子メー
カーだ。

 この車椅子を作るのは、千葉市にあるオーエックスエンジニアリング。
 (www.oxgroup.co.jp/)
 昼休みの時間帯に車椅子に乗る社員の姿が見られた。
 一人の社員のあとを追ってみよう。
 自販機の前で止まった車椅子から、その社員は立ち上がった…
 どうやら健常者のようだ。

 開発に生かすために健常者も車椅子を使うのだという。
 
乗っているうちに乗り物として車椅子の楽しさがわかってきて…
(後略)
と社員は話す。

 このオーエックスエンジニアリングでは、売り上げの9割が一般用の車椅子だ。
 車体の色は100種類以上ものラインナップを取りそろえている。
 これは、障害者を元気にしたいからだそうだ。

かっこいいものに乗せたら元気になる。
俺がそうなったから間違いないんだと思う
と話すのは、創業者である石井重行社長。
 石井社長は、28年前のバイク事故で車椅子生活を送っている。

 車椅子を作り始めたのは、自分が欲しいと思う車椅子がなかったからだという。
相当ひどかったからね、この業界も…
「悪かろう安かろう」で…
自分たちが目指すのはやっぱりいいものを作る。
それから、長く乗ってもらう…
(石井重行社長)

 さて、車椅子作りの現場を見てみよう。
 耐久試験をしている様子が映った。
 車椅子に100kgのおもりを乗せ、段差を30万回乗り越えるハードな内容だ。
 かつて、車椅子は5年程度で乗り換えるのが常識であったが、この会社のものは10年
乗っても壊れないという。

 ところで、どのようにして車椅子の耐久性を高めたのだろうか?
 その鍵を追って、新潟へと向かった。

 新潟県長岡市-
 ここにグループ企業のオーエックス新潟がある。
 ここの工場で車椅子を製造している。
 車椅子は一台一台、手作業で組み立てられていく。

 競技用で培った技術が溶接工程にあった。
 凹凸のある2枚の薄い板を溶接している様子が映った。
 いったい何の作業か?
車椅子のメーンフレーム「もなか」の部分を作っております
と溶接担当者が説明してくれた。

 「もなか」と呼ぶこのフレームは、あたかももなかの皮のように2枚の板を貼り合わせて
作るのである。
 車椅子で「もなか」が使われるのは、路面からの力を受け止める部分だ。
 地面からどのように力が加わるか解析すると、従来品の丸いパイプのフレームに比べて
「もなか」はフレーム全体で均等に力を受けているのだ。

一番のメリットとしては、通常の丸パイプでは出せない形が出せる。
(中略)
剛性が強いので、その分軽く作れる
と前出の溶接担当者は言う。

 ここに技あり!


もなかのような構造で

車体の強度と耐久性を増した



 この会社では新しい挑戦も始まっている。
 軽さを追求した炭素繊維のフレームを用いたものやモーターと電池を取り外せる電動
車椅子を今年発売するという。
 これは、世界初なのだそうだ。

嫌なんだ、あれが売れてるから同じように作るとかはやりたくない。
うちから出したい。
それを大手に真似されるのはいいんだけど、逆は絶対嫌なんだな…
と語る石井社長の挑戦は続くのであった。


 今週は今まで目にすることの無かった「技あり」技術だった。
 こういう技術があるんだなぁ…と思ってみていた。
 
 それにしても、毎回このようなすごい「技あり」を発掘してくるテレ東はやはりさすかだ。
 次回もますます楽しみだぁ(・∀・) 
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スミスの本棚 2012.4.25

テレ東の看板番組「ワールドビジネスサテライト(WBS)」の水曜の日替わりコーナー
「スミスの本棚」の紹介記事です。

guest 054 イラストレーター 宇野亜喜良


 宇野氏は、1960年代に寺山修司が主宰した劇団「天井桟敷」のポスターと舞台美術で
一躍注目を集めた。
 それから50年経つが今もイラストを描き、舞台美術も手がけ、第一線で活躍を続ける。
 
 そんな宇野氏は、
藤田嗣治を高校生くらいから模写したりしたことがあって…
(後略)
と今回の一冊を紹介する。

 その本は、画家・藤田嗣治の生涯を描いた『藤田嗣治「異邦人」の生涯』(近藤史人・著)
である。
 日本人で初めて海外で成功した画家、藤田嗣治。
 その藤田がなぜ日本と訣別したのかを描いたノンフィクショクン作品だ。
 この本では、ベールに包まれた生涯を追っている。

-伝記としてはかなり読み応えのある作品だが
 森本アナのこの問に
そうですね。
1920年代のパリの状況なんかもおもしろいですよね…
(後略)
宇野氏は上記のように答えた。

 ところで、藤田は裸婦像を得意とした。
 特に「乳白色の肌」と言われた肌の色は1920年代のパリで絶賛された。
 その一方で、おかっぱ頭にロイド眼鏡という独特の風貌と奇抜な恰好によって日本では
藤田の絵は全く認められなかった。

 宇野氏は、太平洋戦争のさなか、藤田の絵を展覧会で見たそうだ。
僕は小学生のときに名古屋の商工会議所で見たわけですけどね…
(後略)

 それは、国民を戦争に駆り立てるため軍から依頼された戦争画だ。
 「アッツ島玉砕」なんて絵を描いていたらしい。
 戦時中、藤田の戦争画は高く評価された。

 なぜ、藤田は裸婦像からかけ離れた絵を描いたのだろうか?

私には、藤田が「日本人」としてのアイデンティティを獲得しようと背伸びをする痛々しいほどの思いが感じられてならないのだ。
『藤田嗣治「異邦人」の生涯』より

 宇野氏は、戦争画を描いた藤田をこう分析した。
日本では認められなくて、その悔しい思いも日本に対するある屈折感がずっとあったということですよね…
(後略)

 しかし、終戦後、画家の戦争責任をひとり追及された藤田は失望し、日本を去る。
 そして、藤田は晩年こう書いている。

戦争画を書いたことから藤田の悲劇が始まった等、私は別に悲劇とは思いません。
日本人として祖国を思う日本人がしただけの事です。
した事は後悔もしていません。
『藤田嗣治「異邦人」の生涯』より

 これに対し、宇野氏はこう評した。
「した事は後悔もしていません」って書いているのがなかなかいいなって、実にこれが戦争絵画を描いたという犯罪性よりもやりたいことがそのまま戦争絵画というジャンルの中で描けたということもダブっているのかな。
「後悔していない。あれは、いい絵を、いい仕事をした」と思っているのかなって。
なんかこの辺、藤田のある虚構性もあるけれども真実が入っている感じだと…
(後略)

 藤田は再び日本の地で評価されることなく、スイスで波乱の一生を終えた。

 -ノンフィクションなんでしょうけど、フィクションにも思えてきますし…
ここまで書かれいるから、歴史的な事実は事実なんだけど、それに対して藤田がどう思っていただとかというようなことは、結構謎なままですよね

 -ひとつだけ残るのは本当に絵が好きで絵を描けるということに一番の喜びを感じていた
   のでは…
そうですね。

『藤田嗣治「異邦人」の生涯』
近藤史人/〔著〕

出版社名 :    講談社
出版年月 :    2006年1月
ISBNコード :  978-4-06-275292-3
         (4-06-275292-1)
税込価格 :   730円
頁数・縦 :   425P 15cm

ちろの気になる度
(5点中3.5点)

 同じテレ東の「開運! なんでも鑑定団」で何度か紹介されていた藤田嗣治。
 そのときから少し気になっていたので機会があれば読んでみたい。

--- スタジオに画面が切り替わってからの話 --- 

 森本アナが今回の本についてこう語った。

海外では一番有名な日本のアーティストといっても過言ではないはずだったのに、「どうして日本では受け入れられなかったのか」というところも含めてフィクションのような万丈な人生を藤田さんが歩んでいるというのがわかった。
これだけ一人の芸術家のこんなに不覚入り込んで作品の後ろにまつわるいろんな気持ちを読み解いた本というのは私も本当に久しぶりに出会ったので、かなり読み応えがある本です。


 次回は、劇作家の高泉淳子氏。
 宇野氏曰く、
彼女の頭の中はおもしろそう

 いったいどんな人なのだろうかw


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